[Shortshot!]045
ちょっと未来へ
井上 優
久しぶりに来た彼女のアパート。深町誠は、トイレから戻ると、もう長い付き合いの絵里子に言った。
「もうすぐピザ屋が来るぜ」
「何言ってるの? ピザなんか頼んでないわよ」絵里子が不審な顔で言う。
「隣と間違えるのさ」
「なんでそんなことが分かるのよ。まさか予知能力でもついたっていうの?」女は、からかうような口調になった。
「分かるというより、見てきたから言えるんだ」
「見てきた?」
「さっきトイレへ行っただろ。そのとき三十分後へ行ってきた。で、ピザ屋が来た。だから俺は未来のことを知ってるのさ」
「まさかあ〜」
絵里子は、全くとりあわない。それでも面白がって聞いていた。誠は人をからかうのが好きで、妙なジョークを考え出しては人を楽しませてくれるからだ。
二人がタイムトラベルの話を始めてから、三十分近くの時間が過ぎたころ、玄関のチャイムが鳴った。絵里子が出る。誠は部屋の中で待つ。絵里子は来客としばらく押し問答していたが、やがて客は帰っていった。
絵里子が戻ると誠が聞く。
「どうした?」
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何なんだよ」
「その……。モントリアっていうピザ屋さんが来たのよ。それで、うちの部屋番号をちゃんと言うの。でも名前はお隣の名前。部屋番号を聞き間違えたのね、きっと」
「だろう?」
「何が?」絵里子が誠を見ずに聞く。
「だから俺が言ったとおりになったじゃないか。俺は未来を見てきたんだ。分かっただろ」
「うん……」
「なんだよ、元気がないじゃないか。なんならお前の未来も見てきてやろうか。今日の夜とか、明日の夜とか」
「いいの、やめて!」
絵里子が大声を出した。驚いた誠が絵里子を見る。
「お前、見られちゃまずい未来でもあるのか? 今日か明日の夜、ほかの男と会うってんじゃないだろうな」
誠の語気が荒くなる。絵里子が応戦する。
「そ、そんなわけないでしょ。私は、あなただけなんだから」
「本当だな」
誠が絵里子の顔を見ながら、念を押すように聞く。絵里子は誠の顔を見ることができなかった。その様子を見て、誠がすっくと立ち上がる。
「どこへ行くの?」絵里子が青ざめた顔で聞く。
「ちょっと未来へ」
誠はトイレへ向かった。中に入りドアを閉め、カギをかける。
沈黙の時が過ぎた。絵里子は呆然と立ち尽くしている。
数分後、誠が出てきた。表情が暗い。その顔を見て、絵里子が恐る恐る聞く。
「どの未来へ行ったの?」
「そんなことは、どうでもいい。絵里子、お前やっぱり……」
「違うわ、違うの。私が悪いんじゃないのよ。マサノブ君が無理やり誘ったの。ホントよ。私にはそんな気はなかったの。だから信じて。それに、会うのは明日の夜だけ。だけどもう会わないわ。もちろんよ。だって私にはあなたしかいないんだから」
懇願する目をして、誠にすがりつく絵里子。しかし誠の目は、冷めきっていた。
「じゃあな」
たった一言を口にして、誠はアパートの部屋を出た。玄関のドアから絵里子の顔がのぞく。しかし誠は振り向かなかった。
アパートの階段を下り、止めておいた自分のクルマへ向かう。乗車するとエンジンをかけずに携帯電話を取り出した。メモリされている番号をプッシュする。
「はい、ピザ・モントリアでございます。三十分以内にお届けに上がります」
「すみません、吉岡君いますか」
店員が、アルバイトの吉岡に電話を渡す。
吉岡が出ると誠は言った。
「悪かったな、部屋を間違えたフリをさせて。でもこれで、絵里子のことが分かったよ。もうアイツとは会わない。決めたんだ」
「そうか……。でもまあ、しょうがないさ。またいい子を探せよ」
誠をタイムトラベラーにした吉岡が、元気な声で言った。