ワードなど身近なソフトか、プロ用ソフトか

当サイトをご覧になった方から、メールでご質問をいただきました。

「小学校(PTA)で広報部員になりました。コンピューターで広報誌を作ろうと思いますが、そちらではどんなソフトを使っていますか」という内容でした。

お返事を書くつもりで文章を考えていたのですが、ご質問をお送りいただいた方以外でも、この内容を知りたいと思っていらっしゃる方がいるのではないかと思い、当サイトのコラム欄に掲載することにしました。

近年、パソコンの普及にともなって、小学校や中学校のPTA広報物をコンピューターでお作りになる例が増えています。私は、広報物の添削を依頼されることがありますが、そんなとき「ああ、パソコンで作っているな」と分かる機関誌をよく目にします。

パソコンで広報物を作る際、多く使われているソフトは、MicrosoftのWord(ワード)でしょう。これはワープロソフトですので、文字を入力して文書の形を作ることに長けています。しかしワープロソフトとはそもそも事務文書や手紙などを作ることを目的にしているため、新聞や雑誌の形態を作ろうとすると、いろいろな工夫が必要になります。またワープロソフトの特性上、レイアウト(紙面構成)の自由度は、それほど高いとは言えません。

よく使われるソフトという意味でのワードの双璧は、同じくMicrosoftのExcel(エクセル)です。これは表計算ソフトで、統計的な数値の計算や、グラフ作成、表組みなどを得意としていますが、レイアウト機能も持っていますので、エクセルで広報物を作る方もいらっしゃいます。「ワードは苦手だが、エクセルなら得意だ」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

ワードでもエクセルでも、ある程度のレイアウトは可能ですので、パソコンを使った文書作り自体が初めてであるなら、これらのソフトから入るのがいいと思います。なぜなら、教えてくれる人が多いからです。ワードやエクセルは、パソコン(特にWindowsコンピューター)を使うとき、これらのソフトを使うことを目的にしている場合が多く、結果、これらのソフトの達人がたくさんいらっしゃいます。解説書もたくさん出ていますし、Webで検索すれば「上手な使い方」などもたくさん出てくるでしょう。ワードやエクセルを使えば、分からないことが出てきたり、困った内容に出くわしたりしても、簡単に答えが見つかる可能性が高いということです。

とはいえ、ある程度、ワードやエクセルを使える方にとっては、こと広報物を作るとなると、これらのソフトではない、ほかの何か(広報物に最適なソフト)はないだろうかと考えるかもしれません。「プロはどんなソフトを使っているんだろうか」「プロ用ソフトを使えば素敵な紙面が作れるのではないか」などとお考えかもしれませんね(ソフトが良いだけでは素敵な紙面は作れませんが(笑))。

ということで、一応プロの端くれである当サイトの管理者がお答えします。

一般的に言って、印刷物のデザイン・レイアウトをするプロのみなさんがよく使うソフトは、以下の三つです(当サイトの「DTPって何よ」にソフトの概要があります)。弊社でも以下の三つをDTPのメインソフトにしています。

アドビとは、アメリカのソフト会社の名前です。Adobe InDesignとは、アドビ社が作っている「インデザイン」というソフトです。

InDesignはレイアウト用のソフトです。特にページが多い印刷物に適しています。書籍などは、このソフトで作ることが多いですし、雑誌制作でもよく使われています。弊社の場合、4ページ以上の印刷物であれば、迷わずInDesignを使います。500ページほどの書籍を組み上げたときもInDesignが活躍してくれました。

Illustratorはその名の通り、イラストを描くために生まれましたが、文字組もでき、グラフ作成機能もありと、さまざまな機能を持っているため、よく使われるソフトです。ページ数の多いものでなければ、このソフト一本で仕事を完結させる方も少なくありません。

Illustratorの良さは、自由度が高いことです。紙に字を書き、それを自由に移動し、画像と合体しと、手軽に作業ができます。文字を打てば、それはどこへでも移動できます。ワープロソフトの場合、文字組の制約があって思い通りに移動できなかったり、またテキストボックスを作って文字を入れても、それを加工するのが難しかったりするのですが、Illustratorを使うと、本当にやりたいようにやれます。それゆえ、ユーザー(プロの)が非常に多いのです。

私は常々、PTAなどの広報誌を作る場合は、ワードではなくIllustratorを使った方が絶対にいいと思っていました(もちろんInDesignでもいいですよ)。自由度は高いし、スキルに合わせていろいろなことができるし(ものすごく高度なこともできるし、簡単な操作だけでも結構なことができる)、汎用性が高い(グラフだって作れちゃうのですから)。そういう意味ではお勧めのソフトです。

ただIllustratorを使う場合、大きな問題がいくつかあります。

問題その1。ソフトが高い。

ワードなどと比べるとかなり高いです。ワードは、エクセルやパワーポイントなどとセットで「Microsoft Office」として販売されており、これらソフトのセットを3万円程度で購入できます。しかしIllustratorは単体で8万円ほど(※)します。

※現在、アドビの製品は、Creative Cloud(クリエイティブ・クラウド)というサブスクリプション形式で販売されています。毎月、一定額の費用(数千円)を支払うことで、常に最新版のソフトウエアを使うことができます。価格は、ソフト単体の場合で月額約2,500円(+税)ほど(ソフトによりもっと安価なものもあり)ですが、月額5,680円+税でDTPから映像、音声などに関わるさまざまなソフト類を使うことができるプランもあります(2020年2月現在)。

問題その2。操作性を覚えるまでに時間がかかる。

ごく簡単なことならすぐにでも使えますが、広報誌のレイアウトまでやろうと思うと、ある程度のスキルが必要になります。一度覚えてしまえば簡単ですが、覚えるまでに時間がかかります。

問題その3。引き継ぎをどうするか。

PTAなどの広報委員の場合、1年か2年で交代しますね。となると、次年度の方へ引き継ぐ場合、どうしたらいいのかが問題になります。実は広報委員の場合、この問題が最も大きいのです。

今年、広報委員になった方が八方手を尽くして、紙面をIllustratorで作るように根回しをしたとします。そこでまず問題になるのは、どうやってソフト用意するかです。広報委員の一人がすでに自前で持っている場合、その年はOKですが、次の年はどうするかが問題になります。ソフトがないわけですから。

コンピューターをどうするかという問題もあります。幸運にもPTAの予算がついて、Illustratorを買うことができることになったとします。ではコンピューターはどうするかということになります。学校の備品をPTA用に使うのは問題になる場合があります。PTA専用のコンピューターがあればいいのですが、ない場合は「ソフトは買ったが、どのコンピューターでやるの?」ということになります。個人のコンピューターにソフト入れることはできますが、委員を下りたらその方は必ずインストールしたソフトを自分のコンピューターから捨てる必要があります。またコンピューターのスペックの問題もあります。市販のコンピューターをそのまま使っていると、Illustratorなどのソフトの場合、メモリ不足などで作業性が悪い場合があります。

データの問題もあります。今年作った広報誌のファイルは、ちゃんと保存しておいて次年度の方に渡すのが筋ですね。次年度にファイルの一部を流用する場合があるかもしれませんから。

広報物の基本的な体裁(紙面の基本形態)を毎年変更するのはよくありません。基本の形は毎回同じで、内容のレイアウトを変えていくのが広報物づくりの常道です。広報誌名とそのデザインや、縦組みであるのか横組みであるのかなどの体裁をいつも同じにしていると、読者が「ああ、うちの学校のPTA新聞だな」とすぐに分かります。親しみも持ちやすくなります。よって基本形をころころ変えてはいけません。となれば、基本形のデータは、次年度の委員へ引き継がなければならないのです。

ということは、一度Illustratorでの制作を始めたら、ずっとIllustratorで作ることを意味しています。

まとめますと、Illustratorなどの一般的ではない(でも使い勝手がいい)ソフトで広報物を作ろうとするなら、以下の注意が必要です。

  • PTAでソフトを購入し、次年度へ引き継ぐ。
     ソフトをインストールするときライセンス認証を行います。これはインターネットを経由して行うもので、認証したコンピューターしかそのソフトを使えません。一つのソフトは1台のコンピュータにしか入れられません(契約条項によっては、同時使用をしないことを前提に2台にインストールできる場合もあります)。よって、もしインストールしたコンピューターがPTA専用機ではなく私物だったら、引き継ぐ際にライセンス認証を外し、インストールしたソフトを削除します。これで次の委員のコンピューターにインストールすることができます。ライセンス認証を行わずにソフトを使うことはできません。また認証を外すとソフトが起動しなくなります。

  • 専用のコンピューターを用意するかしないかを決める。
     本来は、PTA専用のコンピューターを用意することが望ましいですが、難しい場合が多いでしょう。もし私物を使うなら、上記のようなライセンス認証を実施すれば大丈夫です。ただ私物を使うとなると、コンピューターの持ち主が紙面づくりの作業をすることになります。となると、ほとんどの作業を一人でやることになるかもしれません。そんなことにならないように、取材や原稿書き、校正、印刷屋との折衝など、コンピューター(Illustrator)を使わなくてもできる仕事は、ほかの委員に任せるなどし、しっかり分業するようにしましょう。

  • データの引き継ぎを徹底する。
     紙面の基本形のファイルはもちろん、その年に作った広報物のファイルはすべてCDやUSBメモリなどに保存して次年度の委員に渡します。データはコンピューターで広報物を作るときの生命線です。必ずすべてのデータを引き継ぎましょう。その際、紙面内容だけでなく、例えば紙面には使わなかったが撮影した写真、取材したときの資料などもすべて引き継ぐようにしましょう。

以上のような内容に注意したいものです。

ワードやエクセルであれば、Windowsならコンピュータにソフトが入っている場合が多いので、あまり混乱が起きないと思います。しかしワード等ではなく、もっと自由度の高いソフト、広報誌づくりに向いているソフトで制作をしたいということになると、上記のような注意が必要になってきます。

ワードやエクセルではなく、Illustratorなどの専用ソフトを使うのはハードルが高く、なかなか踏み切れないと思います。費用もかかりますし、ソフトを覚えるという手間もかかります。それでももし状況が許すのであれば、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。

初めにそれに当たる方が一番大変ですが、その方がこうした制作環境を作り上げ、あとはちゃんと引き継いでいけば、継続できるでしょう。またソフトの使い方も簡単な説明書きを作っておいて、それも引き継ぐようにするといいですね。市販の解説本もいいのですが、解説本を読むだけでは、なかなか使えるようになりません。みなさんがお作りになる広報物をいじるとき、どこをどうさわって、どう修正していくのか、ということから始めるのかなど、簡単な解説があると、初めての方でもすんなり入っていけると思います。

ちなみに私の妻は、機械音痴でコンピューターのことはほとんど分かっていません。しかし文字入力はできますし、またIllustratorで表を作ったり、地図のトレース(書き写し)などはできます。Illustratorについては基本だけ教えたらすぐに使えるようになりました。教えていないことは全くできませんが、表づくりなど一度やったことなら今でもすぐにできるようです。

Illustratorはこのように、ちょっと覚えればすぐに使えるようになりますし、前述のように高度なこともできます。これで8万円(Creative Cloudより前の市場価格)というのは、われわれのような仕事をする者にとっては格安と思えるぐらいです。

なお、何がなんでも「Illustratorがいい」というわけではありません。業界で最も多く使われているのは、使いやすさと汎用性が高く、さらに高機能ということからだと思いますが、Illustratorのようなソフトであれば、自由度は変わりません。ベクター形式(ドロー形式とも)が扱えて、文字組ができるソフトという範疇のものならIllustratorと似たようなことができます。そうしたソフトを試されるのもいいと思います。ただ私は、あまりほかのベクター系を使ったことがないので(一時期CANVASというソフトを使っていました。これも良かったです)、著名なソフトということでIllustratorを例に挙げてお話ししました。

一つ、Illustratorの弱点がありました。一画面に入る文字数が多くなると、少し動きが悪くなるのです。以前からずっとそうですので、ある意味、仕様なんでしょう。文字をたくさん使うならInDesignの方が向いています。InDesignもIllustratorと似たようなことができるようになっていますから、こちらでもいいかもしれません(前述のCreative Cloudeの単体契約で使えます)。

上記以外で、プロ用ではないレイアウトソフトを使う手もあります。最新のMacなら「Pages」というソフトが初めからついていますので、これを使う手もありますね。

IllustratorやInDesignといったプロ用のソフトを使う利点は、使いやすいとか、いろいろなことができるといった事柄だけではなく、実は「印刷屋さんへ直接渡せるデータを作ることができる」という点があります。私たちのような業界の人間は、そういう意味からもこれらのソフトを使っているわけですが、PTAの広報誌でも、最終的には印刷屋さんで印刷するわけですから、それも導入の一要因になると思います(ソフトを買う前に当該印刷所と打ち合わせをする必要がありますが)。